L'excursion en Turquie 4
八月三十一日
さて、使ってる航空会社は、トルコ航空なので、リコンファームが必要なのだが、九月四日にカイセリに行く飛行機と連動しているので、九月一日までにリコンファームが必要だった。で、何度か連絡してみるものの、まず電話がつながらない。電話さえ繋がれば、前、フランスに行ったとき利用したアエロフロート(ロシアの航空会社)がなぜか日本語で対応してくれた(ロシア語できないから一生けん命フランス語で話しかけたのに)ので日本語で大丈夫だと思っていたが…。まず、こう言う国際便のリコンファームの電話番号どうにかしてほしいよね。フランスの時もそうだったけど、0をつけるだとかつけないだとか…。現地でそのまま押してつながる番号教えてほしいものだ。
さて、ホテルでさんざん押してみたものの、かからないので、ホテルのフロントに聞いてみる。愛想が悪い。今までで一番愛想の悪いトルコ人がよりによってホテルのフロントにいた…。先頭に0をつけろ、と面倒くさそうに追い払われたので、そのとおりにすると、よくわからないトルコ語のテープが流れる。結論。今まで出会ったお節介なフロント(できればツアーを紹介したフロント)が出てくるまで待って、そいつに聞く。
というわけで、トルコ風ピザ、ことピデを食おうと、表通りまで出て、一番目だった店に入る。フレンチポテトなども頼むが、付け合わせに出てきた白い物体が、マヨネーズなのか、ヨーグルトなのか、サワークリームなのかよくわからず…。


さて、それから、観光に出かけることに。まず行ったのは、地下宮殿Yerebatan Sarnıcı(イェエレバタン・サルヌジュ)。10TL。位置は、アヤソフィアの向かいっ側、トプカプ宮殿の斜向かいって感じの処である。トルコ語でイェレが「地に」、バタンが「沈んだ」だそうです。ここは宮殿とは言っても貯水池で、ビザンツ〜オスマン朝まで、利用されていた市内の主要な水がめです(トプカプ宮のスルタンた達もこの水を飲んだそうな)。ここも、例のヴァレンス帝の水道橋を利用して水を導いていたのだが、現在でも水がたまっています。ここの目玉は、宮殿の奥に柱の下に横たわるメデューサの首の像である。しかも二体分。魔除けのためにここに置かれたのでは?ともいわれていますが、上下逆さになったものと、横を向いたものとがあり、どうしてここに使われているかははっきりとはしていないそうです。しかも、泥に埋まっていたので、発掘後に泥を取り除いて(1984年に)、発見されたものだとか。









地下宮殿を出て、歩いていると、暑いので水を買って飲みながら、歩いていると、歩いているトルコ人に話しかけられる。流暢な日本語で。「どこから来たんですか?」から「私、キリムの卸商やっています」云々。英語交じりでしゃべっていると、「英語が上手ですね」と言われるが、お前の日本語の方がはるかに上手い。「今、ラマザーン(ラマダーン)の月だから、敬虔なイスラム教徒たちは、水を飲んでる異教徒どもをHate(嫌う)してます。私は違いますけどね。でも、あんまり路上で水飲まない方がいいですよ。」と忠告を受ける。ふ〜ん。ま、気にしなかったけど。で、「キリムどうですか?」と言われたので、前日の工房に行った経験から、「高いかな〜」と答えたところ、「キリムはそんなに高くないです!シルク入りの絨毯なんかとは違うんです!」と主張された。いや、欲しくないやつにとっては「高い」でしょ。必要無いんだから。で、激論になりそうな寸前、同行者があっちですよ!と次の目的地を示す。
次なる観光地は、札幌ドームではなく、ヒッポロドームでもなく、ヒッポドローム(At Meydancıアトゥ・メイダヌ)。ギリシャ語で、ヒッポス'ιπποςが馬。ドローモスδρομοςが道。何があるというわけでもないですが、二本のオベリスク(一本目はテオドシウス帝がエジプトのカルナック神殿から奪ってきたものTheodosius Dikilitaşı,で、エジプトのファラオトトメス三世がルクソールのカルナック神殿に建てたもの。二本目は、切り石造りのオベリスクÖrme Dikilitaş で、コンスタンティヌス七世が作らせたもの。Konstantin Dikilitaşıとも)と、青銅製の「蛇の柱Serpent Column、トルコ語でYılanlı Sütun」(コンスタンティヌス帝がデルフォイのアポロン神殿から奪ってきたもの。ギリシャ諸都市が、ペルシャ戦争の戦勝記念(プラタイアイの戦いね)に作ったもの)それから、ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世から送られた八角形の井戸(ドイツの泉Alman Çeşmesi。)
さて、その後は、ブルーモスクこと、スルタナフメット・ジャーミーSultanahmet Camiiへ。その外観から、ブルー(青)のモスクと呼ばれているこのモスクは、珍しく六本の尖塔(ミナレット)をもっています。前日のボスポラスクルーズの際に、尖塔一本は、庶民用、二本は、皇女や皇帝の生母など皇族用、四本が皇帝用と聞いていたのだが、このジャーミーは、設計者が、皇帝が「黄金(アルトゥン)」というのを、「6アルトゥ」と聞きちがえてしまったため、六本尖塔があるとまことしやかに言われています。中に入るのにわざわざヒッポドロームから遠回りしたため、正面ではないところから入りました。で、中庭は、本を売ってるところがほとんど、中は観光客とお祈りをしている人が多く、イェニ・ジャミほど閑散とはしてませんでした。外観だけがきれいですね。そのあと、スルタン・アフメット一世廟(Sultanahmet Türbesiスルタンアフメット・テュルベスィ)を覗いた後、こんどは、前日車中から覗いたヴァレンス帝の水道橋へ。(向かいのハギア・ソフィアも考古学博物館も、モザイク博物館もトルコイスラム美術博物館も全部月曜だったので休日でした。トプカプ宮行っても良かったんだけどね。)




アクサライ駅までトラム沿いに歩き、そこから、アタチュルク通りへと右折。坂が結構きつく、歩き疲れたので、水道橋の見える公園の日陰で一休み。深夜通販で売ってそうな健康器具が公園に設置されてて爆笑。日蔭ではトルコ人がチャイを飲んでました。ヴァレンス水道橋はトルコ語でBozdoğan Kemeriボズドアン・ケメリ、灰色鷹(チョウゲンボウ)のアーチという意味らしい。


で、本当は、ゼイレック・ジャーミーに行きたかったのだが、水道橋と同じ公園の敷地内にあるシェフザーデバシュ・ジャーミーに入ってしまう。レストランぽくてちょっと入りずらかったのだが、別の入口からは普通には入れました。庭がきれい。で、このモスクも閑散としていて、いや失礼、静謐さがあふれていましたが、ドームの下で寝っ転がったりしてさんざん堪能した後、出ていくときに、入口の所に立ってる爺さんに、「You! Can you speak English?」とか聞かれました。「Yes」と答えたものの、これから英語で説教が始まるのか?と思って内心びくびくしていたら、「これを読め!」と英語の小冊子を渡されました。預言者の40のハディース。
…
勧誘でした。イスラム教入信への


で、ゼイレックジャーミーへ行くことなど完璧に忘れて、次はスレイマンモスク(シュレイマニエ・ジャーミー)に。結構入り組んだところにあって苦労して辿り着いたものの、中は補修中。外観も、入り組んだ住宅街の中なのでいい写真は撮れず。で、がっくりしながら帰ろうとしたんですが、帰り道も結構入り組んでました。シュレイマニエ・ハマムや、イスタンブール宗教局なんかのまわりをうろうろしながら、何とかホテルの方向に向かいました。で、結局見覚えのある店を見つけ、これがエジプシャンバザールの上の方だと見当がついたので、やっと慣れ親しんだイェニ・ジャミの前の広場に。同行者は、「すっげ〜、本当にエジプシャンバザールだ!」とか言って、俺の道案内を信じていませんでした…。
ホテルに帰ってくると、いつものホテルマンがいたので、リコンファームを頼む。飛行機のチケットを見せて、カイセリ空港に行く、云々のやり取りをすると、カッパドキアに行くんだね?だったら、いいツアーを紹介するよ!といわれる。うん。前回のボスポラスクルーズはそこそこ満足だったので、お願いすることにする。「この計画立てたの誰?大体、カッパドキア観光は、北側で一日、南側で一日だから、二日かかるんだよ。何で一日半しかいないの?(ここで舌打ち)しょうがないな。」とか言いながら、知り合いの旅行会社の人に連絡を取っていました。半日のツアー二つと、全日のツアー一つをアレンジしてくれました。
その後、夕飯でも食いに行くか、ってな話になり、まず、ガイドブックに載っていたイェニジャミ近くの店に行ってみるものの、何か警備の人っぽい人がいっぱいいたり、VIPっぽいひとが中にいそう⇒高いんジャン?という話になり、なんとなく気おされて、通り過ぎる。その後、ガラタ橋の下のレストランは、景色がよさそうだったねということで、そこで飯を食うことに。どこが良いだろうと思って、ぶらぶらしていると、「サラダもデザートも飲み物もついてこの値段(額は書きません)!」とか言われたので、その店に入る。サラダを頼み、エフェスビールの黒を頼み、魚の塩焼きを頼みました。実際、飯はうまかったし、景色も良かったんですが、値段は当初想定していたよりも高い値段に…。トルコ人との交渉は面倒だったので、言われるまま払ったんですが、納得がいかない。…。
