L'excursion en Turquie 3
八月三十日
…。
そうだ。なんで、前日(29日)、シルケジ駅に行ったかというと、どこかでボスポラス海峡のクルーズのツアーに申し込もうと思っていて、シルケジ駅にインフォメーションセンターがあるからそこで旅行会社を紹介してもらおうと思っていたんだった(HISのパンフがあったので申し込む旅行会社は決めていた。連絡先がわからなかったの)。ところが、29日にホテルのフロントに、「今日はどこに行くの?」と聞かれ、「駅」「何で?」「旅行会社探してて、駅のインフォメーションセンターに行こうと思って…」「どこに行きたいの?何、ボスポラス海峡のクルーズ?だったらいい会社紹介するよ。ほら、ここ何かがいいし…。え、○○社?あそこは高いよ〜。」日本から持っていっていた、パンフレットや、HISでもらった、オプショナルツアーのやつで、大体相場は知っていたが、提示された値段はかなり安い。ところが、よく考えたら、日本語ガイドがつかないわけで、その点が不安だという同行者が「無理じゃないっすか?」というので、「日本語ガイドがつかないし、高くても(二万円くらい)、つくところにしようと思うんだけど…」「大丈夫だよ。ガイドの人は、ゆっくりした英語でしゃべるから、英語が母国語でない人でも理解できるよ。だって、今僕がしゃべってるスピードくらいだよ。これならわかるでしょ。だから今日のツアーに申し込みなよ!」と言われ、押し切られていたのだ。自分で交渉するのも面倒だったので、「今日じゃなくて、明日のツアーに申し込むよ。」「さすが。で、夜なんだけど、ベリーダンス見に行かない?」
ベリーダンスを見に行くのを断るのに一苦労。で、初日は、クルーズの予定だけ立てるつもりで半日開けていたので、昼過ぎにホテルを出てガラタ橋〜ガラタ塔、軍事博物館、と廻ったわけだ。
で、九時ぐらいにロビーにいろと言われたのだが、全然迎えが来ない。かなり待たされてから、迎えがやってきた。他にもツアーを待っていた客がいたので、そいつらと一緒に迎えのバスに乗り込む。で、それからも市内各所のホテルを廻って、観光客をピックアップ。途中でお金を払ったり、クレジットを使ったり。我々は、ツアー前に書く€130払っていたので、払ったという証明書を見せるだけで済む。で、そこから、また別のグループと合流したりしながら、波止場に向かい、ついにクルーズ開始。で、昨日の波止場付近から乗るのかと思いきや、多少離れたところで船に乗り込む。
ちなみに、スペイン系の人たちが乗り込んでいるのか、男性添乗員の英語での解説の後、女性添乗員が全くおんなじ説明をスペイン語で繰り返す。いや、おれスペイン語もできるからいいけど…。英語で聞き逃した所をスペイン語で確認しながら、解説を聞いている。船の上は景色はいいが、とても日差しが強く、暑かった。まあ、風は吹いていたので体感温度は涼しかったけれども。まず、トプカプ宮、ブルーモスク、イェニ・ジャミなどを後ろに見ながら出発し、金角湾(Golden Horn)をクルーズする。
我々が乗った船。上のデッキが展望台になっています。




ドルマ・バフチェ・ジャーミー
トプカプ宮殿に代ったスルタンの新しい宮殿であるドルマ・バフチェ宮殿。




バロック風のモスク、オルタキョイ・ジャーミー

ルメリ・ヒサル


ベイレルベイ宮殿(海軍学校だったかな?)
デッキの日射がきついので下のサロンから
ドルマ・バフチェ宮殿〜オルタキョイ・ジャーミー〜ルメリ・ヒサル(アナドル・ヒサルには気付かなかった)〜ボスポラス大橋〜メフメット大橋のあたりで引き返し(サッカーチームの保養所などを横目に見て)、今度はアジア側を海軍学校や、ベイレルベイ宮殿、クズ塔などを見て、出発した埠頭に戻ってくる。スペイン語の集団とはここでまた一旦別れる。
陸に上がると、今度は、墓地を横手に見ながら、フランスの外交官・文筆家である、ピエール・ロティにちなんだピエール・ロティのチャイハーネに行く。そのあと、ケーブルカーで下った後、今度は、ビザンツ時代の市壁、ヴァレンス帝の水道橋を見た後、今度は、地下に巨大な水槽のある店を訪れる。しばらく、ヴァレンス帝の水道橋などを経て運ばれる水を貯めるビザンツ時代の地下水槽を見た後、この店の上で、キリムや絨毯などを紹介して、買いませんか?との商売が始まる。確かに、きれいで、反対側から見ると、色が鮮やかになることや、全部シルクのものと綿が混じってる物の区別の仕方などは役に立ったが、高くて手が出なかった。ふるまわれたエルマチャイエ(アップルティー)がおいしかったが、かなり腹が減っていた。
ピエール・ロティのチャイハーネから見た、金角湾
ヴァレンス帝の水道橋

その水道橋によって水を供給されていた地下水槽

そして、昼食の時間に。昼食の時間は同席した、スウェーデン人の老夫妻と、イラン人の老夫妻とたわいもない話をする。で、昼食がすむと、午前中スペイン語で解説してた女性添乗員が午後は付き添うとのこと。…。全部スペイン語になるんじゃねえだろうな?
さて、また市壁のあたりを通りかかり、午前中英語で説明されていたのと同じ内容の話をスペイン語で解説していたが、例のスウェーデン人が、「何言ってるかわからねえから英語で説明しろ!」と言い出した。うん、朝と同じだから聞いてもしょうがないよ、と思ったがそれを説明するのも何なので、黙っていた。
それから午前中海側から見ていたドルマ・バフチェ宮殿内の観光。宮殿内は写真禁止なので、写真はありません。内部は、靴の外側にビニール製の覆いを被せてから観光しました。ちなみに、ここでもスペイン語で聞いた内容を英語で確認、とかしてました。宮殿内部は左右対称とのこと。スルタンに贈り物を持って行くときは常に二つ用意しなければならない云々(対象になるように飾るから)。宮殿の一部に茣蓙が敷いてあった。あれは何なんだろう?
宮殿内は写真禁止なので入口の外観。

観光を終えて、海側の出入り用の門の所にいた海鳥。
最後はボスポラス大橋を渡って、また小高い丘へ。まあ、市内を見渡してツアーは終了。で、どこ行くのかわからなかったんですが、ホテルまでは送ってくれないと言っていたので、シルケジ駅周辺でおろせと要求。ところが、エジプシャンバザールで降りるほかの客がいたので、ここで降りると言って、エジプシャンバザールを冷やかしに。帰りに、前日水を買ったエミノニュの売店で水をまた買うと、顔を覚えられていました。また来たのか?と。
丘からの景色。
小高いところには必ずトルコ国旗が掲げられています。