先月の末に、会社を作って、会社役員になりました。
アドミニストラトゥールadministrateurと呼んでください。
aguila氏は虚言癖があります。
全部ウソですよ。
良く、『学歴のところに、「文学修士(自称)」って書いとけば問題ないんじゃない?』って言ってるんですが、今週の絶望先生に「黙認」ってのが…。
おいらの修士号は大学公認ですが、研究室的には黙認な感じが。
先月の収入、全部足すと、280000+138000(切り捨て)+252000(切り捨て)ってな感じでした。
最近一番へこんだこと。
修道女ヘルベティアナ「aguilaさんが居なくなって、修道院長様の物真似をする人が誰もいなくなりました。」
「誰もいなくなりました。」
…。
ど〜ん!
ラ・ロシュレーズ嬢とか、「すごく懐かしいです。久し振りに聞きました。」
とか言ってるし。
aguilaの前にaguila無く、aguilaの後にaguila無し。
ですか。
ホークス五位転落という事態に、K大学F設高校四十四回生有志が、今週の日曜日緊急招集。
海浜幕張へ。
マリーンズファンのセーコ嬢とか、会ったら石投げるくらいの勢いで臨むから。
ようやく、数学の公式やらから解放されて、理科と社会のチェックやらをやってるんですが…。
「食塩は加熱しても変化しない」とか、「セポイ(シパーヒー)の乱はシパーヒーという人物が起こした乱で…」とか見ると、都の西北大学の学生はもう少し頭がいいと思ってたのに〜って感じになります。
(食塩は、加熱(強熱)すると、液体状の食塩になります。セポイってのは固有名詞じゃなく、インド会社が雇っていた傭兵っていう普通名詞)
十月から、TKG芸大に通います。
正直スマナー正直スマナー正直スマナー
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ーナマス直正ーナマス直正ーナマス直正
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最近のエントリーのほとんどが、mixいで検索できなくなった古い日記のリメイクと称した焼き直しであることに対して。
今日、四五年ぶりに会った女性に、「誰だかわかりますか?」と聞かれて
「ごめん、全然わかんない」
「●●■■です。」
「●●■■さん!?」(鸚鵡返し)
いや、変化ってよりは進化ってレベルだぜその変わり様は。
昔は俺のことを呼び捨てだったのに敬語が使えてる時点でビックリですが。
(昔、オリウチとO茶の水で待ち合わせしてたら、なぜかTて嬢と駅前で鉢合わせして、喋ってる所にこの女どもが来てそのあまりのテンションの高さにTて嬢が「じゃあ、あたし帰るね。」と逆にこっちが申し訳ない気分になったことを謝らせようと思ったがもうどうでもいいや。)
女の人って変わるんですね…。
今日、五時半ごろ◎の内線の後楽園のホームに上って来たサトー洋介山を発車する車両から見分けられたので目が悪くなったということは無いはず。(メールしようかと思ったがストーカーみたいで気持ち悪いので思いとどまる。)
そうだ、この女なら、人見知りしなさそう。
Jazz大好きです。
fuck年戦争って言っても、ブシコー(ジャン=ド=マングル)出してないあたりで、同人ゲーレベルだよね。
日本語で検索しても出てきませんよ。
あんまりしつこく検索してくるので、それは俺に情報を挙げろということなのだろうか?と思ったので、ウィキのフランス語版から。
Arnaud de Cervole
アルノー=ド=セルヴォル(ペリゴール、1300年頃〜1366年五月二十五日)、ラルシ=プレートルL'archiprêtre(司祭長or首席司祭)と呼ばれた彼は、十四世紀の大傭兵団(グラン=コンパニ)においても有名な傭兵隊長であり、勇猛果敢なフランスの非正規兵であった。
現在のロト=エ=ガロンヌ県にあるセルヴォルの領主の家系の、末っ子であったので、彼は聖界に入ることになった。唯一の世襲財産として、彼は俗人ではあったが、ペリグー司教区のヴェリーヌの首席司祭としての聖職録しか持っていなかったのだが、彼はそれを世襲の権利として所有した。封土授与の権利つまり、世俗の領主が首席司祭の権利を行使するのだがそれで俗人として彼はそこから収入を受け取った。1347年に、聖職者としてふさわしくないことがバレタので、彼の知行地(聖職録)は彼から取り上げられた。その時から、彼は、ボルドーの付近で山賊稼業を始めることになった。
一方で、アルノーはジャンヌ=ド=シャトーヴィランJeanne de Châteauvillain、ユーグ=ド=ヴィエンヌHugues de Vienneの寡婦である彼女と結婚した。彼女は、アルノーが1366年の五月に暗殺され死亡した後、三度目の結婚で、アンゲラン=ドゥダンEnguerran d'Eudinと結婚した。アルノーは死んだときには次のような称号を持っていた。つまり、シャトーヴィランの領主、ヴェリーヌの首席司祭、シャトーヌフ=シュール=シャラントの領主、コンクレッサンとルルーの領主である。
百年戦争は、彼を豊かにし、さまざまな権利を集積することを可能にした。1354年には、国王は彼にシャトーヌフ=シュール=シャラントの領主権を与えたし、ボーモン=ル=ロジェの守備隊長、そしてフランス王国侍従(シャンベラン=ド=フランス)に任命した。
1355年以降、彼は騎士になり、王の家臣となり、幾つかの「秘密の任務」を引き受けることと引き換えに、年金(給料)を貰うことになった。1356年には、ポワティエの戦いに参加し、そこで彼は捕虜となったが、こっそりと解放された。ポワティエの戦い以後、彼は、幾つかのルティエ(野武士)達の傭兵団(コンパニ)を結成し、1357年から1358年にかけてプロヴァンス地方を荒らしまわり、アヴィニョンの教皇から金を脅し取り、ブルゴーニュ地方を略奪した。翌年、王の顧問会議は、彼にベリー地方の防衛を委ねた。彼は、グラセーの封土の管理者となり、ルルーの領主の管理権も得た。
1359年、ドーファンのシャルル(ノルマンディー公、フランス王シャルル5世)は、1360年のブレティニー講和条約以降、彼を自分に仕えるように惹きつけ、セルヴォルは、もう一度自分のルティエ(野武士)達を招集し、ブルゴーニュ地方を荒らしまわりに出かけ、ヌヴェール伯に彼を引き付けるように仕向けた。続いて、彼は、国王シャルル5世のために戦うようになり、王は彼に侍従(シャンベラン)の称号を授けた。彼は、「戦場への遅参者達(タール=ヴニュ)」を押し返した。
シャルルは、彼に、「大傭兵団(グラン=コンパニ)」をスペインへの十字軍(傭兵団をフランス王国から追い出すための十字軍はジャン2世善良王の治世から検討されていたが)へ導くことを提案したが、彼は自分にその資格がないと言い、ベルトラン=デュ=ゲクランがその使命を履行することになった。スペインへの遠征は、イングランドの同盟者であるペドロ残忍王に対してトラスタマラ伯エンリケ(ペドロの異母兄)にカスティーリャの王位を取り戻すための援軍の性格を持っていた。彼は、ロレーヌ、ヴォージュ、ライン川沿岸を荒らしまわった。1366年のはじめ、サヴォア伯アメデ(アマデウス)6世の企画した十字軍に加わった。彼は彼の部下の兵士を招集し出発した。1366年5月25日、ソーヌ川を渡り、マコンの近くの軍営地で、彼の兵士の一人に殺された。
え、タール=ヴニュとか、ルティエとかが分からない?
うん、そういうのは仏和大辞典とかを引きなさい。
二月二十二日は、águila_bicéfalaこと、美瀬原瑛の誕生日です。
まあ、この間決まった誕生日だけどね。
ロードショーの鬼以外にも、アップショーの鬼を始めるよ。
…
「アップショーってなんですか?」
「ダイエーの助っ人外人。」
「aguilaさん誕生日何時っすか?」
「ん。二月二十二日だよ。メアドに2が三つ入ってンジャン。」
メアドに入ってる数字が、誕生日の人って多いですよね。
と言うわけで、aguila_bicefalaこと、美瀬原瑛の誕生日は、二月二十二日にします。
今晩は、皆の衆。
わしは、レオナルド=ダ=インチキじゃ。←新キャラか?
これからわしは、H郷三丁目の駅で乗り降りする人たちのことを、
本郷三丁Man
と呼ぶことにした。
勿論このやり方に従うと、某所に集っている人たちは、新宿二丁manってことになるがそれとは関係ないのじゃ。