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Excursion en Turquie 5

L'excursion en Turquie 5



  • 九月一日

    さて、この日は前日休館日で無念にも引き返した国立考古学博物館(Arkeoloji Müzesiアルケオロジ・ミュゼスィ)。ギュルハネ公園を横に見ながら、昨日と同じ坂道を上ると、小さな子猫が兄弟からはぐれて道をうろちょろしていたら、警備の兵隊が「こいつの兄弟の処に戻してやんなきゃな」的なことを言って塀の上につまみあげていました。

    さて、小雨がぱらつき出した中を、考古学博物館の入口に行くと、社会見学をしに来たのか現地の小学生らしき年代の集団が。そいつらの後を待たされながら、10TL払って、博物館の中に。


    古代オリエント博物館の前に置いてある彫像と、それに座る猫
    同上

    博物館の中は、考古学博物館だけでなく、古代東方博物館(Eski Şark Eserleri Müzesiエスキシャルクエセルレリミュゼスィ)と、装飾タイル博物館(Çinili Köşküチニリキョシュキュ)もありましたので、とりあえず古代東方博物館へ。博物館の中は、トルコ民族とは関係のない、古代オリエントや印欧系の諸王朝(ヒッタイトとか)の遺跡から発掘されたものが展示されています。ここでは、昨日一緒だったスウェーデン人の老夫妻とイラン人夫妻とに会ったので、軽く挨拶をしました。ティッグラトピレセル3世、とかアッシュルバニパル王だとかを覚えていない弟子に激怒してしまいましたが。


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    古代東方博物館の後は、考古学博物館へ。ここも、トルコ人とはあんまり関係なさそうなギリシャ・ローマ時代の彫刻がたくさん展示されています。まず、ギリシャ風彫刻の数々を見るため、入口から右手に行き、そのあとも、古代ローマ皇帝の胸像・彫刻(多分大理石製)などをたくさん見た後、上の階に行き、今度はあまりつまらない、青銅像や、古代の遺跡から発掘されたものなどを見ました。三階まで行った後、今度は一階に下りてきて、装飾を施されたギリシャ人達の石棺を見ました。これがまた沢山あって、見るのに一苦労。最後は、つまんな~いとか言いながら、駆け抜けるように通り過ぎてきました。前半のギリシャ彫刻に興奮しすぎて、満足してしまっていた所為かも知れません。とりあえず、一通りは見るために全部を廻ろうとしたのですが、同行者が疲れたと主張するので、入口のソファーに置いといて、自分一人で回りましたが、結構自分も疲れてました。



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    トロイの木馬の復元創造模型
    ここにもあった金角湾の鎖


    さて、「疲れたー。疲れたー。」とか言いながら、最後は、装飾タイル博物館に行きましたが、ここはあんまり楽しめず。「はいはい。」とか言いながら、これも通り過ぎただけでした。出てきた後、自分もへたり込んで、入口でちょっと座って休憩しました。同行者はその間中庭の売店で水を買ってましたが…。しばらく休んで、雨もやみ始めたので、博物館の向かいにあるソフィア聖寺院に。

    アヤソフィア(Ayasofya)、ハギアソフィア(’ΑΓΙΑ ∑ΟΦΙΑ)、セントソフィアなどと呼ばれるこの建物、現在はモスクになっていますが、かつては、ビザンツ帝国の国教、東方正教会の総本山でした。世界史上もっとも有名な建物のひとつであるこの建物は、このたびの目的の一つであり、一度は訪れてみたいとかねがね思っていた場所です。


    ハギア・ソフィア

    とはいえ、博物館込みのこのモスクの入館料は20TL。本当に、考古学博物館の二倍の値段を払うだけの価値があるかどうか疑問でしたが、払わないと見れないので、疑問に思いながらも、内部へ。内部は修復作業中なのか、大きな足場が組んでありました。とりあえず、かつての後陣、現在のミフラープがある方向へ。一しきり見た後は、世界の臍(Omphalionビザンツ皇帝の戴冠式の場所)を見、手を一回転させられたら願いがかなうという柱の一部で、柱のくぼみに手を入れて一回転させると、二階部分に人がいるのでそこに向かうべく階段を探し始める。やっと見つけると、途中からは、階段というよりは、結構急な坂と言うべきところを通って二階のギャラリーに。昨日のヒッポドロームにもいた、韓国人っぽい観光客集団がまたいるな~と思いながら、ダンドロ(チン4にも出てきたよね。)の墓なんかを見て、復元されたビザンツ時代のモザイク画を見ました。


    オンファリオン

    第四回十字軍でコンスタンティノープルを陥落させたヴェネツィアのドージェ、ダンドロの墓

    そのあと、モスクを出ると、ブルーモスクとハギアソフィアとの間の広場でトルコ人からトルコ人がかぶりそうな帽子などを買ったりして、その日は疲れたのでホテルに帰って休むことに。

    夕方は、大衆的なロカンタに行ってみることに。地球の歩き方に載っていたエティシュという店。安くてうまかったです。「やばい。まちがいない!」とか思わず言ってしまいました。脂っぽいと思う人がいるかもしれないけど私は満足でした。


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    Excursion en Turquie 4

    L'excursion en Turquie 4


  • 八月三十一日

    さて、使ってる航空会社は、トルコ航空なので、リコンファームが必要なのだが、九月四日にカイセリに行く飛行機と連動しているので、九月一日までにリコンファームが必要だった。で、何度か連絡してみるものの、まず電話がつながらない。電話さえ繋がれば、前、フランスに行ったとき利用したアエロフロート(ロシアの航空会社)がなぜか日本語で対応してくれた(ロシア語できないから一生けん命フランス語で話しかけたのに)ので日本語で大丈夫だと思っていたが…。まず、こう言う国際便のリコンファームの電話番号どうにかしてほしいよね。フランスの時もそうだったけど、0をつけるだとかつけないだとか…。現地でそのまま押してつながる番号教えてほしいものだ。

    さて、ホテルでさんざん押してみたものの、かからないので、ホテルのフロントに聞いてみる。愛想が悪い。今までで一番愛想の悪いトルコ人がよりによってホテルのフロントにいた…。先頭に0をつけろ、と面倒くさそうに追い払われたので、そのとおりにすると、よくわからないトルコ語のテープが流れる。結論。今まで出会ったお節介なフロント(できればツアーを紹介したフロント)が出てくるまで待って、そいつに聞く。

    というわけで、トルコ風ピザ、ことピデを食おうと、表通りまで出て、一番目だった店に入る。フレンチポテトなども頼むが、付け合わせに出てきた白い物体が、マヨネーズなのか、ヨーグルトなのか、サワークリームなのかよくわからず…。

    ピデというかピザ

    もう一枚ピデ

    さて、それから、観光に出かけることに。まず行ったのは、地下宮殿Yerebatan Sarnıcı(イェエレバタン・サルヌジュ)。10TL。位置は、アヤソフィアの向かいっ側、トプカプ宮殿の斜向かいって感じの処である。トルコ語でイェレが「地に」、バタンが「沈んだ」だそうです。ここは宮殿とは言っても貯水池で、ビザンツ~オスマン朝まで、利用されていた市内の主要な水がめです(トプカプ宮のスルタンた達もこの水を飲んだそうな)。ここも、例のヴァレンス帝の水道橋を利用して水を導いていたのだが、現在でも水がたまっています。ここの目玉は、宮殿の奥に柱の下に横たわるメデューサの首の像である。しかも二体分。魔除けのためにここに置かれたのでは?ともいわれていますが、上下逆さになったものと、横を向いたものとがあり、どうしてここに使われているかははっきりとはしていないそうです。しかも、泥に埋まっていたので、発掘後に泥を取り除いて(1984年に)、発見されたものだとか。

    地下神殿の様子
    地下神殿の様子
    ドラクエのダンジョンみたいでしょ
    外から魚も入り込んできています
    水に反射しています
    説明書き
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    横向きメデューサ
    逆さメデューサ
    もう一枚横向きs

    地下宮殿を出て、歩いていると、暑いので水を買って飲みながら、歩いていると、歩いているトルコ人に話しかけられる。流暢な日本語で。「どこから来たんですか?」から「私、キリムの卸商やっています」云々。英語交じりでしゃべっていると、「英語が上手ですね」と言われるが、お前の日本語の方がはるかに上手い。「今、ラマザーン(ラマダーン)の月だから、敬虔なイスラム教徒たちは、水を飲んでる異教徒どもをHate(嫌う)してます。私は違いますけどね。でも、あんまり路上で水飲まない方がいいですよ。」と忠告を受ける。ふ~ん。ま、気にしなかったけど。で、「キリムどうですか?」と言われたので、前日の工房に行った経験から、「高いかな~」と答えたところ、「キリムはそんなに高くないです!シルク入りの絨毯なんかとは違うんです!」と主張された。いや、欲しくないやつにとっては「高い」でしょ。必要無いんだから。で、激論になりそうな寸前、同行者があっちですよ!と次の目的地を示す。

    次なる観光地は、札幌ドームではなく、ヒッポロドームでもなく、ヒッポドローム(At Meydancıアトゥ・メイダヌ)。ギリシャ語で、ヒッポス'ιπποςが馬。ドローモスδρομοςが道。何があるというわけでもないですが、二本のオベリスク(一本目はテオドシウス帝がエジプトのカルナック神殿から奪ってきたものTheodosius Dikilitaşı,で、エジプトのファラオトトメス三世がルクソールのカルナック神殿に建てたもの。二本目は、切り石造りのオベリスクÖrme Dikilitaş で、コンスタンティヌス七世が作らせたもの。Konstantin Dikilitaşıとも)と、青銅製の「蛇の柱Serpent Column、トルコ語でYılanlı Sütun」(コンスタンティヌス帝がデルフォイのアポロン神殿から奪ってきたもの。ギリシャ諸都市が、ペルシャ戦争の戦勝記念(プラタイアイの戦いね)に作ったもの)それから、ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世から送られた八角形の井戸(ドイツの泉Alman Çeşmesi。)
    テオドシウス帝のオベリスク
    さて、その後は、ブルーモスクこと、スルタナフメット・ジャーミーSultanahmet Camiiへ。その外観から、ブルー(青)のモスクと呼ばれているこのモスクは、珍しく六本の尖塔(ミナレット)をもっています。前日のボスポラスクルーズの際に、尖塔一本は、庶民用、二本は、皇女や皇帝の生母など皇族用、四本が皇帝用と聞いていたのだが、このジャーミーは、設計者が、皇帝が「黄金(アルトゥン)」というのを、「6アルトゥ」と聞きちがえてしまったため、六本尖塔があるとまことしやかに言われています。中に入るのにわざわざヒッポドロームから遠回りしたため、正面ではないところから入りました。で、中庭は、本を売ってるところがほとんど、中は観光客とお祈りをしている人が多く、イェニ・ジャミほど閑散とはしてませんでした。外観だけがきれいですね。そのあと、スルタン・アフメット一世廟(Sultanahmet Türbesiスルタンアフメット・テュルベスィ)を覗いた後、こんどは、前日車中から覗いたヴァレンス帝の水道橋へ。(向かいのハギア・ソフィアも考古学博物館も、モザイク博物館もトルコイスラム美術博物館も全部月曜だったので休日でした。トプカプ宮行っても良かったんだけどね。)
    ハギア・ソフィア
    ブルー・モスク
    ブルー・モスクの外観
    ブルー・モスクの中

    アクサライ駅までトラム沿いに歩き、そこから、アタチュルク通りへと右折。坂が結構きつく、歩き疲れたので、水道橋の見える公園の日陰で一休み。深夜通販で売ってそうな健康器具が公園に設置されてて爆笑。日蔭ではトルコ人がチャイを飲んでました。ヴァレンス水道橋はトルコ語でBozdoğan Kemeriボズドアン・ケメリ、灰色鷹(チョウゲンボウ)のアーチという意味らしい。

    通りの途中で見かけた黒いモスク
    ヴァレンス帝の水道橋
    で、本当は、ゼイレック・ジャーミーに行きたかったのだが、水道橋と同じ公園の敷地内にあるシェフザーデバシュ・ジャーミーに入ってしまう。レストランぽくてちょっと入りずらかったのだが、別の入口からは普通には入れました。庭がきれい。で、このモスクも閑散としていて、いや失礼、静謐さがあふれていましたが、ドームの下で寝っ転がったりしてさんざん堪能した後、出ていくときに、入口の所に立ってる爺さんに、「You! Can you speak English?」とか聞かれました。「Yes」と答えたものの、これから英語で説教が始まるのか?と思って内心びくびくしていたら、「これを読め!」と英語の小冊子を渡されました。預言者の40のハディース。

    勧誘でした。イスラム教入信への

    シェフザーデバシュ・ジャーミー
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    で、ゼイレックジャーミーへ行くことなど完璧に忘れて、次はスレイマンモスク(シュレイマニエ・ジャーミー)に。結構入り組んだところにあって苦労して辿り着いたものの、中は補修中。外観も、入り組んだ住宅街の中なのでいい写真は撮れず。で、がっくりしながら帰ろうとしたんですが、帰り道も結構入り組んでました。シュレイマニエ・ハマムや、イスタンブール宗教局なんかのまわりをうろうろしながら、何とかホテルの方向に向かいました。で、結局見覚えのある店を見つけ、これがエジプシャンバザールの上の方だと見当がついたので、やっと慣れ親しんだイェニ・ジャミの前の広場に。同行者は、「すっげ~、本当にエジプシャンバザールだ!」とか言って、俺の道案内を信じていませんでした…。

    ホテルに帰ってくると、いつものホテルマンがいたので、リコンファームを頼む。飛行機のチケットを見せて、カイセリ空港に行く、云々のやり取りをすると、カッパドキアに行くんだね?だったら、いいツアーを紹介するよ!といわれる。うん。前回のボスポラスクルーズはそこそこ満足だったので、お願いすることにする。「この計画立てたの誰?大体、カッパドキア観光は、北側で一日、南側で一日だから、二日かかるんだよ。何で一日半しかいないの?(ここで舌打ち)しょうがないな。」とか言いながら、知り合いの旅行会社の人に連絡を取っていました。半日のツアー二つと、全日のツアー一つをアレンジしてくれました。

    その後、夕飯でも食いに行くか、ってな話になり、まず、ガイドブックに載っていたイェニジャミ近くの店に行ってみるものの、何か警備の人っぽい人がいっぱいいたり、VIPっぽいひとが中にいそう⇒高いんジャン?という話になり、なんとなく気おされて、通り過ぎる。その後、ガラタ橋の下のレストランは、景色がよさそうだったねということで、そこで飯を食うことに。どこが良いだろうと思って、ぶらぶらしていると、「サラダもデザートも飲み物もついてこの値段(額は書きません)!」とか言われたので、その店に入る。サラダを頼み、エフェスビールの黒を頼み、魚の塩焼きを頼みました。実際、飯はうまかったし、景色も良かったんですが、値段は当初想定していたよりも高い値段に…。トルコ人との交渉は面倒だったので、言われるまま払ったんですが、納得がいかない。…。
    景色はきれいだったけどね
    次は女連れできたいものだ


  • Excursion en Turquie 3

    L'excursion en Turquie 3


  • 八月三十日

    …。

    そうだ。なんで、前日(29日)、シルケジ駅に行ったかというと、どこかでボスポラス海峡のクルーズのツアーに申し込もうと思っていて、シルケジ駅にインフォメーションセンターがあるからそこで旅行会社を紹介してもらおうと思っていたんだった(HISのパンフがあったので申し込む旅行会社は決めていた。連絡先がわからなかったの)。ところが、29日にホテルのフロントに、「今日はどこに行くの?」と聞かれ、「駅」「何で?」「旅行会社探してて、駅のインフォメーションセンターに行こうと思って…」「どこに行きたいの?何、ボスポラス海峡のクルーズ?だったらいい会社紹介するよ。ほら、ここ何かがいいし…。え、○○社?あそこは高いよ~。」日本から持っていっていた、パンフレットや、HISでもらった、オプショナルツアーのやつで、大体相場は知っていたが、提示された値段はかなり安い。ところが、よく考えたら、日本語ガイドがつかないわけで、その点が不安だという同行者が「無理じゃないっすか?」というので、「日本語ガイドがつかないし、高くても(二万円くらい)、つくところにしようと思うんだけど…」「大丈夫だよ。ガイドの人は、ゆっくりした英語でしゃべるから、英語が母国語でない人でも理解できるよ。だって、今僕がしゃべってるスピードくらいだよ。これならわかるでしょ。だから今日のツアーに申し込みなよ!」と言われ、押し切られていたのだ。自分で交渉するのも面倒だったので、「今日じゃなくて、明日のツアーに申し込むよ。」「さすが。で、夜なんだけど、ベリーダンス見に行かない?」

    ベリーダンスを見に行くのを断るのに一苦労。で、初日は、クルーズの予定だけ立てるつもりで半日開けていたので、昼過ぎにホテルを出てガラタ橋~ガラタ塔、軍事博物館、と廻ったわけだ。

    で、九時ぐらいにロビーにいろと言われたのだが、全然迎えが来ない。かなり待たされてから、迎えがやってきた。他にもツアーを待っていた客がいたので、そいつらと一緒に迎えのバスに乗り込む。で、それからも市内各所のホテルを廻って、観光客をピックアップ。途中でお金を払ったり、クレジットを使ったり。我々は、ツアー前に書く€130払っていたので、払ったという証明書を見せるだけで済む。で、そこから、また別のグループと合流したりしながら、波止場に向かい、ついにクルーズ開始。で、昨日の波止場付近から乗るのかと思いきや、多少離れたところで船に乗り込む。

    ちなみに、スペイン系の人たちが乗り込んでいるのか、男性添乗員の英語での解説の後、女性添乗員が全くおんなじ説明をスペイン語で繰り返す。いや、おれスペイン語もできるからいいけど…。英語で聞き逃した所をスペイン語で確認しながら、解説を聞いている。船の上は景色はいいが、とても日差しが強く、暑かった。まあ、風は吹いていたので体感温度は涼しかったけれども。まず、トプカプ宮、ブルーモスク、イェニ・ジャミなどを後ろに見ながら出発し、金角湾(Golden Horn)をクルーズする。

    P2009_0830_093557.jpg我々が乗った船。上のデッキが展望台になっています。
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    ドルマ・バフチェ・ジャーミードルマ・バフチェ・ジャーミー
    ドルマ・バフチェ宮殿トプカプ宮殿に代ったスルタンの新しい宮殿であるドルマ・バフチェ宮殿。
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    P2009_0830_101159.jpgバロック風のモスク、オルタキョイ・ジャーミー
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    P2009_0830_103835.jpgルメリ・ヒサル
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    P2009_0830_110351.jpgベイレルベイ宮殿(海軍学校だったかな?)
    P2009_0830_110422.jpgデッキの日射がきついので下のサロンから


    ドルマ・バフチェ宮殿~オルタキョイ・ジャーミー~ルメリ・ヒサル(アナドル・ヒサルには気付かなかった)~ボスポラス大橋~メフメット大橋のあたりで引き返し(サッカーチームの保養所などを横目に見て)、今度はアジア側を海軍学校や、ベイレルベイ宮殿、クズ塔などを見て、出発した埠頭に戻ってくる。スペイン語の集団とはここでまた一旦別れる。

    陸に上がると、今度は、墓地を横手に見ながら、フランスの外交官・文筆家である、ピエール・ロティにちなんだピエール・ロティのチャイハーネに行く。そのあと、ケーブルカーで下った後、今度は、ビザンツ時代の市壁、ヴァレンス帝の水道橋を見た後、今度は、地下に巨大な水槽のある店を訪れる。しばらく、ヴァレンス帝の水道橋などを経て運ばれる水を貯めるビザンツ時代の地下水槽を見た後、この店の上で、キリムや絨毯などを紹介して、買いませんか?との商売が始まる。確かに、きれいで、反対側から見ると、色が鮮やかになることや、全部シルクのものと綿が混じってる物の区別の仕方などは役に立ったが、高くて手が出なかった。ふるまわれたエルマチャイエ(アップルティー)がおいしかったが、かなり腹が減っていた。

    P2009_0830_115853.jpgピエール・ロティのチャイハーネから見た、金角湾
    P2009_0830_122516.jpgヴァレンス帝の水道橋
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    P2009_0830_123802.jpgその水道橋によって水を供給されていた地下水槽
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    そして、昼食の時間に。昼食の時間は同席した、スウェーデン人の老夫妻と、イラン人の老夫妻とたわいもない話をする。で、昼食がすむと、午前中スペイン語で解説してた女性添乗員が午後は付き添うとのこと。…。全部スペイン語になるんじゃねえだろうな?

    さて、また市壁のあたりを通りかかり、午前中英語で説明されていたのと同じ内容の話をスペイン語で解説していたが、例のスウェーデン人が、「何言ってるかわからねえから英語で説明しろ!」と言い出した。うん、朝と同じだから聞いてもしょうがないよ、と思ったがそれを説明するのも何なので、黙っていた。

    それから午前中海側から見ていたドルマ・バフチェ宮殿内の観光。宮殿内は写真禁止なので、写真はありません。内部は、靴の外側にビニール製の覆いを被せてから観光しました。ちなみに、ここでもスペイン語で聞いた内容を英語で確認、とかしてました。宮殿内部は左右対称とのこと。スルタンに贈り物を持って行くときは常に二つ用意しなければならない云々(対象になるように飾るから)。宮殿の一部に茣蓙が敷いてあった。あれは何なんだろう?

    P2009_0830_142143.jpg宮殿内は写真禁止なので入口の外観。
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    P2009_0830_154044.jpg観光を終えて、海側の出入り用の門の所にいた海鳥。


    最後はボスポラス大橋を渡って、また小高い丘へ。まあ、市内を見渡してツアーは終了。で、どこ行くのかわからなかったんですが、ホテルまでは送ってくれないと言っていたので、シルケジ駅周辺でおろせと要求。ところが、エジプシャンバザールで降りるほかの客がいたので、ここで降りると言って、エジプシャンバザールを冷やかしに。帰りに、前日水を買ったエミノニュの売店で水をまた買うと、顔を覚えられていました。また来たのか?と。
    P2009_0830_161704.jpg丘からの景色。
    P2009_0830_161903.jpg小高いところには必ずトルコ国旗が掲げられています。

  • Excursion en Turquie 2

    L'excursion en Turquie



    ホテル周辺の地図。

    ホテル周辺の地図



  • 八月二十九日

    さて、初日である。ホテルの場所は、スルタンアフメット(スルタナフメット)地区と呼ばれている。スルタナフメット・ジャーミー(モスク)とは、俗称ブルーモスクと呼ばれている場所である。上の地図で水色の丸がある部分が、我々のホテルの場所である。というわけで、アヤ・ソフィア(ハギアソフィア、ソフィア聖寺院、セント・ソフィア)やトプカプ宮殿もほど近い場所なので、そういう場所から攻めようかと思っていたのだが…。

    朝食は、日本で言う処のバイキング、ビュッフェスタイルというやつである。野菜は、キュウリとトマトしかなく、チーズやオリーブ、そして蜂蜜(四種類)が豊富だった。パンはヨーロッパのパンらしいパンだったが、ウェハース(一種類)とクッキー(ビスケット?二種類)が並べてあって、朝からクッキーはないと思った…(のちにそれは覆されるのだが)。それから、ピーナッツバターとチョコクリームが置いてあり、それはそれでよかった。(←どっちも大好きな男)

    朝食を平らげると、とりあえず、モスクとは反対方向の駅の方に向かってみる。無料の鉄道博物館などがあって、そこを冷やかしながら、写真を撮っていたら、デジカメにトラブル。以下、すべて携帯のカメラのみになり画像が悪くなる。無駄にだだっ広い空間などがあって、一体何のためなんだろう?と思って写真などを撮る。(後でこれは、ダルウィーシュ=踊りスーフィー、トルコ語でメヴラーナのショーのための空間だとわかるが)

    このシルケジ駅Sirkesi Dur、実は、オリエント急行の終点だったらしいのだが、このときはそんなに重要な駅だとは知らず、話しかけてきた日本人に碌に応対せず、波止場に向かう。波止場で何枚か写真を撮った後、ガラタ橋Galata Köprüsüの下で、名物の鯖のフライのサンド(4TLバルックル・エキメッキBalıklı Ekmek)を食べた後、新しい(イェニ)モスク(ジャーミー)Yeni Camiiに向かう。そして、イェニジャミを維持するために作られた脇のエジプシャンバザールMısır Çarşısı(ミスルってのが軍営つまりカイロのこと)なんかを覗いて、ガラタ橋を渡って新市街に向かう。ちなみにこのときビールを飲んだので、酔いを醒ますために水を飲もうと思い、波止場の売店で売っていた1.5ℓの水を凍らせたペットボトルを買う。この水には随分重宝させてもらった。(とにかく暑い日だったので。)

    P2009_0829_100816.jpg波止場から見える新市街

    P2009_0829_101136.jpgイェニジャミの外観

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    P2009_0829_101523.jpg橋の近辺では、釣りを楽しむ人達がいました。


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    イェニ・ジャミの中の様子。

    ガラタ橋を渡ると、旧ジェノヴァ人居住区に建てられたガラタ塔(Glata Kulesi)を見たくなり、取りあえずものすごい急な坂を登ってガラタ塔に登る。ガラタ塔は10TLだったので€5を払い(2TL=€1という計算らしい)、エレベーターで昇る。エレベーターで昇った七階から先の展望台までは狭くて暗いので用心。とりあえず、ガラタ塔から見えるイスタンブールの市街を何枚か写真に収める。

    P2009_0829_122214.jpgガラタ塔

    P2009_0829_122229.jpgガラタ塔にかかる説明文

    P2009_0829_123314.jpgガラタ塔から見た市内の様子。
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    ガラタ塔を出た後は、軍事博物館Askeri Müzesiに向かおうとする。塔から見ると、こっちに大通りがあった!と主張する同行者の意見に従って、歩き出すと、どんどん人気のない通りに。明らかに地元の人しかいない横道に入り、日本人は明らかに誰も入ったことがないんじゃないか?という感じになってきて、絶対この方向には進みたくない!と主張して、塔まで戻って道を確かめることに。今度は地図を見ながらゆっくり進んだものの、シナゴーグの反対側に出て同行者に不安視されながらも、イスティクラール通り(イスタンブールの銀座みたいなもの)に出る。あとは、この通り沿いに進めば軍事博物館に着くはずである。

    変なキリスト教の教会とかを回りながら、軍事博物館に着いたのは二時ちょっと前。入口がかなり遠く、猛烈な便意に襲われていたので、入れなければかなり困ったのだが、空港並みの警備態勢で、バッグをスキャンされ、金属探知のゲートを通り、やっと博物館の中へ。博物館の中のトイレは、洋式で、かなり安心。何せ、手を乾かす用の送風機すらあったの。で、トルコ人の歴史、イスタンブール攻略戦の話、近代になってからの話、朝鮮戦争に従軍した話、などに分けられた展示を見て回る。しかし、この博物館にきた最大の目的、トルコ陸軍軍楽隊の演奏は聞き逃す。…。(後で、軍楽隊の演奏は耳にすることができるのだが…。)

    P2009_0829_150817.jpg軍事学校の授業の様子
    P2009_0829_155108.jpgかつて金角湾を塞いでいた鎖。
    P2009_0829_160137.jpg軍事博物館の外に飾ってあった、大砲。
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    さて、帰りは、例の如くイスティクラール通り沿いに帰る。聖エスプリ大聖堂(聖霊大聖堂St. Esprit Katedrali)の入口を冷やかしながら帰っていたところ、喉が渇いた・疲れたと主張する同行者のため、腹も減っていたので、ドンドルマ(Dondurmaトルコ式伸びるアイスクリーム)があって座れるレストランにする。日本でも飲めるような、ファンタやスプライト、コーラといった飲み物とともに、ケバブなどを食べる。帰りに、ガラタ塔近くの横町が楽器街になっていることに気づき、思わず写真に収めてみました。

  • P2009_0829_171944.jpgドンドルマ
    P2009_0829_172026.jpg
    P2009_0829_175118.jpgトルコのお茶の水

    Excursion en Turquie

    さて、今のうちに書いておかないと忘れてしまいそうなので…。



    L'excursion en Turquie




  • 七月三十日
    トルコに行きたいと言われる。ので、九月になってからの方が安い、特に俺の誕生日付近は安いはず!とは思っていたが、色々探してみることにする。

    八月六日
    この日から、例年通り筑波山で合宿。十日まで動けず。

    八月十二日
    同行者に探させると、生協のパックツアーとかで、三十万とか二十万後半とかのツアーを持ってくるので、そんなには払えん!と思ったので、自分で探すことに。トルコの往復航空券は十万以内で見つかる。

    八月十三日
    同行者のパスポートの期限が切れてることが判明。そのまま手続きに向かわせる。おそらく、出発の前々日には出来上がるはずだが、本人しか受け取れないのに、そいつは、直前まで合宿らしい。マッタク…。それから、未成年なので海外に飛ぶ飛行機のチケット購入には、親権者の同意が必要なことが判明。まあ、とりあえず、チケットは取った。宿はHISでそのまま頼もうと思っていたのだが…。

    八月二十三日
    買ってきていた地球の歩き方を元に、トルコに国際電話。トルコ人と英語で会話して、宿を予約。一軒目は、空港からホテルまで迎えにくる車を用意する!という向こうの申し出を断るのに時間がかかるが、大過無く予約に成功。…いや嘘だ。かなり消耗していたので、三十分ほど休憩を挟み、カッパドキアでの宿を取るべく再び国際電話。今度は、電波状況が悪いのか、相手の喋っていることがほとんど聞きとれず。何度も、もう一回言って!を繰り返す。すると今度は向こうが不気味な沈黙。全く状況が飲みこめないまま、電話を切る。本当に予約できているのだろうか…。

    八月二十七日
    さて、まだ服もスーツケース詰めていない状態だが、とりあえず、現金をユーロに換金。そういえば、前回フランスに行った時のユーロとか、昔、瑞枝ちゃんがトルコに行ったとき、お土産と称してくれたトルコ通貨も持って行くか。トルコでは、インフレが激しく、デノミを行って(イェニ・リラ、イェニは「新しい」の意)、さらに通貨を移行した(イェニリラからリラへ)らしく、どちらも同じように使われている上、ユーロやドルも普通に使われているらしい。なぜか日本円も、千円札や一万円札が使えるところもあるらしく、五百円単位でのおつりもなぜかトルコ人は持っているらしい。トルコリラへの換金は限られた場所でしか行えないらしく、成田空港で行うことに。

    仕事を終えて帰ると、十時くらい。もろもろの準備をしていると深夜の二時くらいになる。さてこのまま寝ると、如何に明日の十二時ぐらいに空港を出発の便だとは言え、明日の朝の出発(家からの)に間に合わない。ので、数日前に購入していたギレンの野望を「連邦つえ~!」といいながら、夜通しでプレイすることに。とりあえず、ニューヤーク(ニューヨーク)は制圧する。





  • 八月二十八日
    出発の日である。一睡もせず、結局北京が落とせず、ゲームデータを中断して朝出発する。池袋、日暮里までは、立っていたので眠たくなかったが、京成線に乗り換えて座ってしまうと、二度ほど意識が飛ぶ。一回は、自分のスーツケースを手放して見知らぬ人にぶつけてしまう。全く申し訳ない。さて、空港に着くと、いきなり、駅の出口でパスポート見せろ、と言われる。昔っからこんなんだったっけ?同行者が、来るかなり前に着いたので予定通り、トルコ通貨リラに換金。相手が予定時間より遅刻してきたので、スタバでコーヒーでも飲んでると、向こうは母親連れできやがった。「どうもうちの子をよろしく!」って感じらしい。むう、いきなり保護者気分である。友達と行く気楽な感じだったんだけどね…。向こうが海外でも使える携帯の準備や、現金を換金とか遅めの朝食を取っている隙に、暇つぶし用の本を買う。アフリカ史についての本。

    さて、行きの飛行機では後ろに乗ってたスペイン人が早く照明を落とせ!とエキサイトしていたが、映画を見ようと思っていたが、英語が聞きとれず断念。あ、画面が悪くて、見えなかったのもあるんだけどね。ゲームやってもソリテアが一色になってるの(ふつうはダイヤとハートは赤でショ。全部黒なの)。後、羊飼いのサラダってのが異様にまずかったことだけが記憶に残っている。

    さて、空港に着いたら、地下鉄と路面電車で旧市街にあるホテルまで移動しようとしていた。『地球の歩き方』によればそれぞれ1.4TL。110円くらいである。ところが夜の七時くらいに空港についてガラガラとスーツケースを引いていたら、空港のインフォメーショーンオフィスの職員というやつが話しかけてきて、「どこ行くの?地下鉄?だったらそっちのエスカレーターよりエレベーターがいいよ。ん、市内に行くの。今、地下鉄とトラム(路面電車)はお勧めしないよ、なんせラマザーン(ラマダーン・断食月)で、夜になると、身動きとれないくらい人が乗ってくるんだから、君らには無理だよ。これから、僕が、送迎サービスをやっているところに連れて行くから、それを使いなよ。」と言われる。

    「む、それでは、ホテルの勧めを折角断ったのに…無駄になるじゃないか!」とは思ったが、同行者が、電車に乗ってトラブルに会うより、荷物が多いんだから、ホテルまで直に連れてってくれる車の方がいいんじゃないですか?」という金満家的発言をするが、こいつの母親に頼まれているから仕方ない!と思い、結局そのサービスを利用することに。で、カウンターまで連れて行かれ、20TLを払わされる。で、ドライバーを呼んでくるから、そこのスタバでコーヒーでも飲んでろ、五分で来るから。と言われ、暫く待つも、十分たっても呼びに来ない。で、どうなっているのか確認しようと、カウンターまで行く途中で、じゃあ、案内するよ、と空港の駐車場に連れて行かれるが、全然車が来ない。様子を見てくるよ、と案内役のトルコ人がどこかに消えてしまうと、騙されたんじゃなかろうか?という疑念が沸々と湧き上がってくる。駐車場にいた猫が小さく、異様に可愛かったが、イライラは募る。一度戻ってきたものの、またどっかに行くので、「これってこいつが帰ってこず、あのカウンターも夜十時とかになって閉まったら、俺達は体よく20TLだまし取られたのでは?」とまた疑心暗鬼になったが、再び帰ってきたそいつが、「ごめん、結局手配できなかった。タクシーでホテルまで行ってくれる!」とか言うに及んで。思わず「NO!」と言ってしまう。結局20TLは返ってきたものの、一時間以上を待ちぼうけさせられたのである。本来ならもう宿についていてもいいころだというのに…。

    プリプリと怒りながら、地下鉄の乗り場までスーツケースを引き摺って行く。地下鉄の値段、トラムの値段ともに1.5TL(120円てところ)になっていた。インフレが進んでいると言うのは本当だったのだな~とおもいながら、ゼイティンブルヌというところで路面電車に乗り換える。さて、路面電車の乗り換え駅は始発だったので当然のように座れたが、だんだんと市街に近づくに従って人が増えてきた。ラーレリユニベルシテのあたりになるに及んでまあ、結構ギュウギュウになったが、山手線の通勤車両にハードケースのベースを持って乗った俺には何てことなかったね。ブルーモスク、ギュルハネ公園を経てシルケジ駅で降りると(結局二人で6TL。三分の一以下である。)、目の前にマクドナルド。地図を見て適当に探すと、ガイドブックに書いてなければ入らないような横町の奥に目指すホテルを見つける。TURVAN。それが我々が泊まるホテルの名だった。さっそく夕飯を食いに行こうと思ったが、同行者が疲れているというので断念。


    ホテルはこちら


    ホテルは、浴槽付き・空調付きで€47とのことだったが、浴槽の栓がなく、水は自分で穴をふさがない限り、張れませんでした。


  • 銀河英雄伝説名言録


    present by 田中芳樹:徳間書店「銀河英雄伝説」
    告知板

    どうでもいい告知


    ハムナプトラ3の後はインディージョーンズ・クリスタル・スカルの王国を見ました。


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    本場ではミニグ君に色々着せ替えするのが流行ってるんですよ。

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